ADHDうっかりママのポンコツ平常運転。

ADHD不注意型 うっかりママblackyの日常について

発達障害と中学受験の件。

先日、知人と会い、発達障害あるあるな会話をしました。

知人は、自閉症スペクトラム症(軽い)で、大卒。就職後今は自営をしています。

私は、ADHD不注意型(診断はまだですが)で、大卒。就職し現在休職しています。

 

知人も私も、社会人になってから「もしかして自分はおかしい?」と感じ病院等に通いました。

なぜ、社会人になるまで気がつかなかったのか?今日はそんな話をします。

 

おとなしい子=問題ない子?

一番の理由はおとなしかったからです。

 

学校の先生は、授業中に騒いだり歩き回ったり授業を抜け出す生徒には厳しいですが、問題行動を起こさない生徒にはそこまで注目しません。おとなしく座っていれば、学生の間は最低限許されます。

社会人になると、自分でやることが増え失敗したり迷惑をかけ、上司、同僚、客など色んな方に注意されます。呆れられたり、嫌われたり。社会人には義務や責任を伴うから叱られるのは当然です。けれど、「他の人は簡単にできることが自分はできない」とわかると、自分が本当にできないやつだめなやつに思えて、精神的におかしくなります。

大人になり社会的生活が困難になり、病院等にかかり発達障害だと気がつきました。

 

個性的な先生と生徒

おとなしい生徒であったこと以外にもう一つ大きな理由があります。それは、私立中高一貫校の進学校だったことです(それぞれ違う学校です)。 

 

中高一貫校、特に進学校では、高校2年ぐらいまでに高校3年までの内容の大半を詰め込むことが多いです。高校3年生は大学受験対策中心です。

中学と高校で内容が重なる場合は先取りして教えることもあります。例えば、化学について、中学では原子の数は約20種類覚えれば高校受験では通用するはずですが、私立は大学受験のことを見据えて30以上教えられることがあります。

講師の裁量が大きいです。

また、生徒が偏差値の高い大学、人気大学に合格すればいいので、講師の勤務について公立校より自由度が高く、個性的な講師が多いです。

 

生徒も個性的な人が多いです。

私が通った学校では、帰国子女やハーフも多い学校で文化や習慣が人それぞれでした。確かに、流行に疎い私は女子の会話についていけないことも多かったですが、みんなそれぞれ自分の好きなことをしているので、積極的にいじめられることはありません(積極的にいじめをすれば即退学になるのも予想できるので)。

 

個性的な講師、個性的な生徒に囲まれて、思春期を過ごしたので、「自分が変わっている」なんて気がつかないんですよね。発達障害でも、馴染める環境だったと思います。

 

公立中学に通っていたら

公立高校の入試状況を聞くと、まず内申点を全体的に上げることが大切だそうです。より偏差値の高い学校では受験する科目は全てができなければならない。苦手が、偏りが許されにくいです。

発達障害の場合、運動が好きでも苦手なことがあります。空間認知能力が低いため球技が苦手な人もいます。私も運動が苦手です。球技は苦手で、脊椎側わん症の影響でマット運動も苦手。体育の成績はかなり悪かったです。

小学校では絵の描き方でも先生に注意されたことがあります。太陽を赤い丸で描かず、黄色い線で表現したから。今思えば、発達障害により他人と認知感覚が違うため表現が異なったのだと思います。先生は常識や一般を教えてくれたんだと思いますが、先生に注意されたことで私は自分の感覚が否定されたように感じ、一時的にかなり凹んでしまいました(母がフォローしてくれたので、絵は嫌いではありません)。

 

苦手だったり成績が悪い科目が多いと、内申点が下がります。発達障害の場合、成績に極端に偏りが出やすいことがあります。

もし私が公立中学校に通っていたら、内申点が低く希望通りの進路を歩めない可能性が高かったです。

大学受験はしましたが、大学受験は色々受験方法があるし、内申点が重要視されないことも多いので、大学に合格できました。

 

知人とも話しましたが、「中学受験して結果的によかったね。」と意見が一致しました。それと、どちらも自由な校風なのがよかったと思います(世の中には校則が多く厳しい学校もありますので)。

 

苦手を克服しようと努力しても、発達障害の場合は限界があります。むしろ得意なことを伸ばすほうが、より魅力的な人物になれると思います。

 

中学高校の6年間は、思春期で多感な時期です。そういうときに、自分の個性を伸ばせられる環境にいられたことはとてもよかったと思います。