ADHDうっかりママのポンコツ平常運転。

ADHD不注意型 うっかりママblackyの日常について

ADHDの私がASDの友人と10年間絶交し、再会した話。

保育園に預けた息子を迎えに行ったら、男の子と女の子が喧嘩していました。先生が男の子に「こういうときはごめんなさいと言うんだよ」と諭していました。男の子は先生に言われて「ごめんなさい」と言い、女の子は泣きながら「いいよ」と返しました。

その光景を見ていたら、大人になったら「ごめんなさい」「いいよ」のやりとりだけで、すぐに仲直りできないし、なんて人間関係って難しいだと思いました。

そもそも大人になると交遊関係が浅くなることも多く、友達と遊ぶといっても、話すか夜に酒を飲むかのどちらかが多いですね。SNSだけでのやりとりで繋がっていることもあります。

浅く広く交友し、トラブルがあればその人とは接触しないほうが多いでしょう。学生のころは学校の友達としか付き合わないことのほうが多いけれど、大人はそうではありません。うまくいかないならば、他の人と付き合えばいい。だから、絶交した人とあえて連絡とったり仲良くやろうとするなんて、大人は滅多にしません。

 

それでも、私はしました。

絶交した友人と再会しました。

 

うつ病の夫の話を書いていますが、夫が二回目の休職をする直前に、絶交した友人と再会しました。あのとき、絶交した友人と再会できたからこそ、うつ病の夫と今でも一緒に暮らしていると思います

 

絶交した経緯について

最初に友人と絶交した理由について書きたいのですが、ADHDうっかりblackyは細かいところまで覚えていないので、ざっくり話します。

 

当時、友人は対人関係、体調不良などで悩んでいました。私は友人に対し厳しい言葉で注意してしまい、友人は「傷ついた。許さない。絶交だ。」と私に告げました。

私は言い過ぎてしまったことを詫びても、友人は「許さない」としか返事はありません。

友人のために…と思って注意したのが結果的に友人を傷つけることになり、私は悲しくなりました。

絶交の件以外でも、当時の私は対人関係で上手くいっていませんでした。そのうち私は、自分自身のことを『他者を傷つける存在』だと思うようになりました。自分という存在が世の中にとって悪、害のように感じ、この世から消えてしまいたいと思うこともありました。

 

絶交したのに、友人から一度連絡があったことがあります。友人が手伝うイベントに見に来てほしいという連絡でした。友人が「許さない」と言ったのに連絡をくれたことは意味が理解できませんでした。

それでも私はそのイベントに行きましたが、イベントの内容も、友人が何をしていたかも覚えていません。けれど、罪を償う気持ちでイベントに行ったことと、帰り道かなり疲れていたことを覚えています。

その後「一生、罪を償なわなければならないの…?」と考えるとかなり辛くなりました。友人のことを忘れるように努め、また関わらないようにしていました。

 

私は友人に連絡をせず絶交となりました。絶交していることは、あまり他人に言いませんでした。というのも、当時の私は『他人に嫌われるぐらいなら、自分から孤独を選ぼう』という思考があり、そもそも友人とつき合うことも減り、友人に悩みを話すこともありませんでした。

 

十年経ち、事態が動いた

私は結婚し子どもが産まれました。周囲でも結婚が相次ぎ、ある友人の結婚式に招かれました。けれど、挙式を招待してくれた友人に確認すると、絶交している友人も出席すると言います。困った私は友人に事情を説明しました。

  • 自分の言動が原因で絶交と言われた
  • 約十年経つが、私は許されていないこと
  • 私は友人のことは好きであること

絶交について、私は他人に話していませんでした。他人に話すことで、絶交した友人について何か噂がたつのも嫌だったからです。そして、今思えば、他人に相談することで、自分の悪いところを暴露しかねないことを何よりも恐れていたのかもしれません。

いざ話してみると、結婚式に招待してくれた友人は「そんなことあったなんて知らなかった。」と驚いていましたが、私に対して怒ることも非難もすることもしませんでした。それより「また仲良くなれたらいいね」と声かけてくれました。 

結婚式には私も絶交した友人も招かれました。けれど、絶交した友人は体調不良で欠席し、結婚式では再会しませんでした。

 

しばらくして、親友から連絡がありました。「○○(私が絶交した友人)がblackyと連絡をとりたがっているけれど、連絡先教えていいかな?」と質問されました。

私は「まずさ、SNSでブロックしているみたいだけど、ブロックやめてSNSのメッセージで連絡よこせばいい。」と親友に返事をしました。

 

私は、友人からSNSでブロックされていることに気がついていました。十年が経つけれど、未だ『拒まれている』『許されていない』と感じて悲しかったです。

拒否している方から私に連絡とろうとするなんて意味がわからず、苛立ち、親友にぶっきらぼうに返事しました。それでも親友は「また三人で会えるといいね」と私に言いました。

 

他人に私の事情を話さないようにしていたのに、それは間違ってたのかもしれない…みんな、優しい…自分のことを話してもいいのかもしれないと感じました。

 

そして、夫がうつ病で休職する少し前に、絶交した友人からSNSを通してメッセージが着たのです。

最初に友人から「許さない。絶交だ。」と言われたときから約十年が経っていました。

 

本音をぶつける

親友に連絡先教えてもいいかどうか聞かれたころ、私は行動経済学について考えていました。

人は利益を増やすことよりも損を減らすように、意思決定し行動することがあります。本当はやりたいことがあるのに、何かが気になり、やりたいことをしないことがあります。「お金がかかるから」「面倒だから」などの費用の面もあるけれど、心理的問題のこともあります。こんなことしたら恥ずかしい思いをするのではないか?怒られるのではないか?と思うと、不安や恐怖で動けなくなります。

 

絶交している友人からのメッセージは、私を非難し糾弾する内容になるだろうと予想していました。でも、そうされたときに私が傷ついたことにしなければいいと考えていました。

他人にバカと言われても、私が自分自身のことをバカだと思わなければいい。そうすればダメージは0ゼロ、損失はありません。今回は顔を合わせるわけでもないし、メッセージなら二人だけのやりとりだから非難されても問題ないと自分に言い聞かせて、メッセージを読みました。

 

絶交した友人からの最初のメッセージはとても丁寧な文章でした。絶交した当時と、その後大変な苦労したことがたくさん書かれていました。そして最後に「また会うかどうかはblackyに任せます」と書かれていました。なぜ他人に意思決定を委ねてしまうのだろう…?私には友人がまだ本音を出していないように見えました。

 

私は友人としてこの十年の私の気持ちを伝えました。

  • 友人だから話すが、実は辛いこともあり悩んでいた。
  • あなたのことを好き。

すると、友人は怒りました。「私はアスペルガーなんだ!blackyがどうしたいのかわからない!はっきり書いて!さぁ友達に戻りますか?戻りませんか?」 

 

私は絶交した後に、友人がアスペルガーなのかもしれないと思い、自閉症スペクトラム(ASD)について調べていました。具体的に説明しないとASDの人には理解しにくいことはわかっていました。

けれど、ASDの特性に合わせて伝えることよりも、『私は私の方法で自分の気持ちを伝えたい』と考えていました。

仲直りできればいいけれど、それは目的ではなく、『お互いがそれぞれのやり方で本音をさらけ出すこと』が私の最終目標でした。

 

私は「これが私の伝え方。受け取れないならば、あなたの望むような友達にはなれない。」とメッセージを送りました。

友人からの返信には「あなたは、大人の対応ができていない、甘えている。さよなら。」と書かれていました。

 

一夜明けると、またメッセージがきました。さよならとあったのにも関わらず。

そのメッセージには「最後だから、書かせてもらうが」と始まり、私を非難する内容のメッセージがありました。

非難されているにも関わらず、私は嬉しくて笑ってしまいました。ようやく本音が出てきた。私は手応えを感じました。

 

ひどい言葉を言われても

友人はアスペルガー自閉症スペクトラム(ASD)ではないかと気づき、発達障害について自分で調べるうちに、私自身がADHDではないかと思うようになりました。ADHDだから失敗するし生きづらいのかと残念に思いましたが、ADHDでも大丈夫かもしれないと思うときもありました。

 

長い長い私を非難する文章は、ADHDのお得意の飛ばし読みで読みました。細部まで理解し受け止めようとするとさすがに辛くなりますので。

メッセージには「あなたは子供よ。私は頑張って苦労してきたから、上だ。子供には付き合いきれない。」と書いてありました。私の頭には心寂しい友人の姿が思い浮かびました。友人は色んな事情で苦労し、さらに成人しASDだとわかり、必死に生きてきたんでしょう。

 

私は「大変だったね。あなたの励みになるならば、私を恨んでいてもいい。全ての嫌なことを私にぶつけてもいい。もし会えるなら私はハグをしたい」とメッセージを送りました。

友人からの返信には「『ぶつけていい』なんて言われるなんて拍子抜けした。blackyとハグしたい。会いたい。」と書いてありました。ようやくお互いが本音をさらけだせました。

 

再び会う

ASDの友人と何度かメッセージのやりとりをして、駅前で二人で会うことにしました。

十年ぶりに友人の姿を見つけると私は「ひょっとしたらビンタされるかも?」と不安でしたが、いざ再会したら、本当に二人でハグをしました。

それから、お店で二人でたくさん話をしました。十年も会っていなかったので、話したいことはたくさんありました。とても楽しかったです。

二人で会っている様子を自撮りして、写真を共通の友人に送りました。私たちの再会を周囲も喜んでくれました。

現在、ASDの友人とADHDの私は、親友として交遊しています。ふたりで会ったりすると、凸凹具合がうまくはまって面白いです。

  

私は、他人と無理して付き合わなくてもいいと思います。合わない相手に合わせるのは、苦労しますね。親子、恋人、友人、仕事などでにおいて対人関係で悩み、付き合いをやめたり別れることもあるし、その選択でもいいです。

けれど、それは本当に自分が望んでいたことではないかもしれません。友人と絶交したことで私は約十年間苦しみました。最初から相手に本音を伝えればこんなことにならなかったかもしれません。

でも、この十年間してきたことは悔やんではいません。私達には必要な期間でもあったと思います。今は親友と前より楽しく話せます。

仲違いしても別れたり離れても、また関係を築けるかもしれません。世の中ね、ホントびっくりすること起こりますよ。

 

私は親友と再会できたおかげで、想いを伝えてもいいと少しわかってきました。夫にちゃんと向き合う勇気がわきました。

今度、『しっかり夫が二回目の休職した話』を書きますね。

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